八雲百貨店8 クリスマス会場
八雲図書館にて掲載の圭琴子作品を公開
(掲載期間 2022年1月10日まで)
モーニングルーティーン 〜クリスマス〜
『双子座の今日のラッキーカラーは、イエロー。パワーフードは、キムチ……』
パンツスーツのジャケットに慌ただしく袖を通しながらも、テレビからの音声には耳を澄ます。この占いを観てから家を出るのが、恵(めぐみ)のモーニングルーティンになっていた。
会社まで一時間の移動時間は、テレビでやっていた占いの詳細をウェブで確認する。
(太陽だとイエローで、月だとパープルか。今日デザインコンペの締切だから、太陽にしよう)
ピアスケースの中から黄色い石のついたものを選び、電車内でつける。太陽は目標を叶えたいとき、月は癒しが欲しいときのカラーだった。
帝都テレビの朝の顔・桜木ステラの占いは、よく当たると女子学生やOLに大人気だ。恵はテレビ情報だけでは飽き足らず、専用のアプリを入れて課金し、気になることがあれば直接アドバイスを求めていた。
アプリ上に表示された、優しげに微笑むステラの写真をタップして、素早く指を走らせる。
『ステラさん、おはようございます。テレビ拝見しました。今日仕事の締切なのですが、パワードリンクはありますか?』
五分ほど経って、着信音が鳴る。
『おはようございます、恵さん。双子座の今日のパワードリンクは、甘酒です。お仕事、頑張ってくださいね』
『ありがとうございます!』
恵はマスクの下で、相好を崩す。誰でも、いい香りがしそうな清潔感のある美人に励まされたら、ホッコリするものだ。それがステラの人気の秘密でもあった。
* * *
ランチタイム、恵は近くのヤムチャカフェで、ちまきとキムチを食べていた。ドリンクは持ち込みだったから、多少肌寒いが外のテラスで甘酒の缶をこっそり開ける。ホット缶の温度が、かじかんだ指に心地良い。
真冬にテラスを選ぶのは物好きな恵くらいで、しばらく彼女はぼうっと車の流れを眺めながら、ちまきをチビチビとかじっていた。
だがしばらくして、隣のテラス席に背の高い男性が現れる。見るとはなしに目で追うと、黄色のネクタイをつけていた。透明プラスチック容器には赤いキムチが見え、トレイの上には甘酒の缶が乗っている。
「あっ」
思わず、無意識に声が漏れてしまった。席に着くところだった男性と目が合い、
「どうかしましたか?」
と声をかけられる。予期せぬ出来事だ。逆ナンだと思われたらどうしようと恐れて、「何でもないです」のひと言が喉の上の方までせり上がったが、そのままふたり並んでランチを摂るのはひどく気まずいような気がした。
「……あの。もしかして、双子座ですか?」
不美人ではないが目つきがキツいせいでひとによく敬遠されてしまう恵は、オドオドと口にした。精一杯の愛想笑いは、引きつっている。
そんな恵を見て、男性はプッと噴き出した。クスクスと笑われて、恵は居心地が悪い。
「そういうとき、普通は『桜木ステラさんって知ってますか』って言いません?」
「あ……確かに、言われてみれば」
恥ずかしさに、恵は俯いて甘酒などすすって誤魔化す。
「あなたも、双子座なんですね。太陽カラーの叶えたい目標、もしよかったら訊いても良いですか?」
今度は男性は、にこやかに目を細めた。ぱっちりした二重で陽キャを絵に描いたような微笑みが、陰キャの恵には眩し過ぎる。
「あ、はい。今日、デザインコンペの締切なんです。いいものを作りたくて」
「デザイナーさんなんですね。ウェブデザイナー?」
「いえ、広告デザインです。あなたの目標も、訊いて良いですか?」
「はい。僕、転職するんです。午前中に面接を済ませてきました。通ると良いなと思って」
「へえ! それは気合いも入りますね。受かりますように」
人生最大のモテ期が中学校だった陰キャの恵は、久しぶりに男性と、業務連絡以外の会話をした。苦手な筈のイケメンなのに、不思議と肩肘張らずに会話が楽しめる。
食事が終わると、男性はさり気なく名刺の裏にLINEのIDを書いて、軽く手を上げ去っていった。
* * *
桜木ステラ繋がりの出会いから、LINEで連絡を取るようになったふたりは、お互いをLINEに設定されたニックネームで呼び合っていた。
彼が『イッチー』、彼女は『くつした』
彼は本名の一悟(いちご)のニックネームだが、恵の方は何年も前、五秒で決めたハンドルネームだ。思いがけなく一悟が大ウケして、ニックネームで呼び合うようになったのだった。
『双子座の今日のラッキーカラーは、スカーレット。パワーフードは、親子丼……』
いつもキッチリそこで支度を終え、テレビを消して家を出る。そして占いの詳細を、電車内でチェックするのがルーティンだ。
ここのところ毎日のように、パワーフードの被る一悟とランチを共にしていたが、十二月二十六日の日曜日にディナーに誘われた。二十四日でも二十五日でもなく、二十六日。
恵は悩んだ。これは、恵の休みに合わせたクリスマスディナーなのだろうか? それとも、本命とイヴを過ごして、友人としての誘いなのだろうか?
こんなときに取るべき行動は、ひとつだった。
『ステラさん、おはようございます。実は、告白のタイミングを占って欲しいのですが』
『おはようございます、恵さん。好きな方が出来たんですね。おめでとうございます!』
『ありがとうございます。十二月二十六日、どうでしょうか』
アプリには、恵の生年月日が登録されている。課金さえすればその情報で、より詳しい占いが受けられるのだ。
十分ほどあって、着信音が鳴った。
『ごめんなさいね。恵さん、今年は天中殺なんです。大きな変化をもたらすことは、しない方が賢明です。代わりに来年は、算命学(さんめいがく)的にはいわば“年女”となります。「貫索星(かんさくせい)」という、自分自身に正直になって生きていく、スタートラインを表す年です。来年まで待ってみてください』
『分かりました! ありがとうございます!』
その日から恵は、太陽カラーとは別に、密かに金星カラーも身に着けるようなった。金星は、趣味や恋愛の星。
そして何ごともなくディナーを終えて、次の約束もないまま年末年始の長期休暇に入ったのだった。
TO BE CONTINUED.
※八雲百貨店に出店中の『Stella Luce』さんに占って頂きましたが、大幅にアレンジしています。追課金しなくても詳細に占って頂けますので、ぜひ♪
ライティング《 エブリスタ 》https://estar.jp/users/145621725
ボイスブック《 Writone 》https://www.writone.com/profile/dbrNdLkaBJQ48RrZPojoiAxa9CP2?tab=books
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